森歩き

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快晴の日、友人と森歩き。歩いている途中、唐突に「お母さんは何をあなたに教えたの?」と聞かれました。何って、ねぇ? その時に頭に浮かんだのは、母はまずは自分よりほかの人。自己犠牲の精神。そこで、例えば、母の実家から季節ごとに毎年ダンボ-ル1箱の果物が送られて来て、送られてくるとまずはご近所に配る話しをしました。こんなことはよくあることで、ほかにも、まずは他の人を思う気持ち、自分が少々不便するぐらいなら、躊躇なく人へという母でした。今思うと、母はこの美徳を身を持って示してくれてたのだなと友人の質問から思い直しました。

そんなこんなな話しから、震災の折に、自衛隊員が救助に出向くも、被災民にも十分に食料が行き渡っていない状況下で、隊員たちに配給された食べ物が、数人で饂飩一杯分。最初に手にした隊員が、自分はいいからと隣に饂飩を渡すと、隣の隊員も自分もいいと隣へ...ぐるっと一回りして、手付かずの饂飩が最初の隊員に戻ってきた話しに。友人は、「ああ、゛禅゛ね」と。

自己犠牲の精神、イタリア語にも言葉はあるにはあります。数人にこの単語を使ったことがあるのですが、みな一様にちょっと首を捻ってから、「ああ、そんな言葉...あったっけ?ああ...あるけど、使わないな」。そんな精神ほとんど無い、人間なんてまず自分でしょ?というのが、こちらでは大方なんだろうな。と感じます。そんな人間本来の姿を理性や知性で高め、庶民にまで広く行き渡らせた日本人の凄さに海外の人たちは尊敬の眼差しを向けるのかもしれません。それらの美徳を総して、゛禅゛と言っているのかも。

枯葉をサクサクと踏みしめながら、こちらの人たちが、やたらと゛禅゛という言葉を使うのは、こういった彼らには欠けて、もしくは不足している日本人の徳を指してもいるのだなと、゛この人たちって、禅って言葉をよく使うけど、どういった意味で捉えているのだろ?゛と時々頭に浮かんでいた問いを考えたのでした。ちなみに、友人に同じ質問をしてみると、「母から習ったのは、泳ぎ」だそう。

森を出て、誰もいない農道でふたりで親指差し出してヒッチハイクするも、上手く行かず(笑)。仕方ないので、重い足を引き摺り最寄りのバス停まで歩きました。でもなんでしょう、疲れてはいたけど、妙に気分は爽やか。森や自然は偉大だな。と実感した一日でもありました。写真は、森の中で見つけた苔むした木。キノコと木と苔が絶妙の色合いをなしてました。そうそう、友人は岩から苔をひっぺがして(笑)、お持ち帰り。家で苔カ-ペット?を楽しむそうです。苔、大丈夫かな~?

*バスの運転手さん曰く、「スイスは苔の持ち帰りは違法だよ~」とのこと...知らなくて驚くも、今回だけね~と持ち帰った友人でした。

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by natsu2015h | 2015-11-02 19:10 | 日々の雑感